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22 September 2017,Friday

人災による火災で歴史的に貴重な文化財を焼失


◆昔も今も心に刻もう「火の用心」◆

今月の7日に、長野県宝に指定されていた千曲市にある武水別神社の代々の神主屋敷である「松田館」(まつだやかた)が火事で焼失してしまった。戦国時代より続く方形居館の珍しい武家屋敷作りで、全国的にも貴重な建物だっただけに、残念な話である。

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無残に焼け落ちてしまった斎館。

今回焼失したのは、県宝の「主屋」と「斎館」、主屋に付属する建物の「料理の間」「新座敷」「味噌蔵」の5ヶ所。

神主を務める松田家から四百年続く文化財としての建物の改修と古文書・書画骨董の管理委託を受けた千曲市が5億円近い市費を投じて十年近く調査と整備を行い、来年には博物館として一般公開する直前の悲劇となった。

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今年3月に部分公開された時の全景写真(武水別神社側よりの撮影)

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火事の翌日の写真。土塀の向こうにあった建物群は、長屋門を除き焼失してしまった。


実は小職、今年3月に部分公開された際に隅々まで見学させていただき、許可を貰って写真をたくさん撮った。(斎館は非公開でしたが・・・) まさかそれが最後になるとは思わなかった・・(汗)


火事の原因は、市より委託を受けた業者が、軒先に出来た蜂の巣を駆除する際に火気を使用した為だと判明した。完全に人災である。

主屋の屋根は瓦葺ではなく、むき出しの「茅葺屋根」(かやぶきやね)である。ここに火の粉が飛べば瞬時に燃え広がる事など誰が見ても分かるはずである。何のための「敷地内火気厳禁」だったのか?

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3月公開時に撮影した巨大な主屋。建物が鎮火するまで3時間以上かかったという。


地震や落雷などによる自然災害による焼失ならば諦めもつくだろうが、ハチの巣駆除で火気使用とは重過失であり、業者はもとより千曲市の管理責任も追及されて然るべきである。

そして整備事業に投入し灰となった5億円近い税金をどうするのか、千曲市は明確に市民に対して説明する義務があると思います。

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2012年当時の斎館。千曲市による整備事業がスタートした当時の貴重な写真である。

不幸中の幸いだったのは、松田家が戦国時代から保存してきた約1万点以上に及ぶ古文書や書画骨董、什器などが今回の火災を逃れた事である。

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味噌蔵に展示してあった武田信玄の御朱印状(右)と上杉景勝の御朱印状。本物は何とか罹災を逃れた。

商売上、この建物は火災保険は入っていたのだろうか?ハチの巣駆除を請け負った個人業者の方は、請負業者賠償責任保険に入っていたのだろうか?と気になる。

築四百年の歴史的建造物の評価額は億単位だとしても、罹災前の建物への原状回復は不可能である。

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今回の火事で焼失した料理の間。(2017年3月撮影)

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焼失した主屋の湯殿。神官の儀式に関連する施設で非常に貴重な遺構だったという。

私たちは、未来の子供たちへ引き継がなければならない貴重な文化財を、あってはならない失火で数時間で焼失してしまった。

四百年もの間、この稀有な屋敷を守り続けてきた松田神主家に申し訳なく思う。

復元できる可能性があるのなら、その可能性に期待し、微力ながら惜しみない協力をしたいと思います。

秋の夜長・・・皆さんも「戸締り用心・火の用心」でお願いします。

火事も怖いけど、地震はもっと怖い。地震保険で万が一に備えましょうネ。

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土塁と堀を備えた神主の方形居館は全国的にも貴重な遺構です。

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